なんて書き出すと、なにごと??って感じかな・
ももの仕事場には、今は火を入れることなく、今後も入れることのないマシンが沢山
ココにあるだけで、5台・・・実は書庫の奥の倉庫にも同じくらいの数 もう少しあるかな・・・
のマシンが眠っている
ずーと、ももとともに歴史を刻んできたマシンたちで、そのときその時にはいつも最新のサービスが
乗っかっていた
すべてSUNなマシン達で、microSparcなんて言う歴代のCPUたちも・・・・
そうそう MAXも5台・・・今となっては使う事無いだろう・・・な
初期のISPはダイアルアップでこのマシン達でユーザーがダイアルアップしてくるのを待っていた
今は、フレッツ網の全盛でダイアルアップなんてすることもない
外に出ても、無線が当たり前になっていて、誰も公衆電話から・・・そもそも公衆電話を探すのも大変で・・・
ホテルに泊まれば普通に無線が使えるしね
昔は、ホテルに泊まったときはロビーに出て公衆電話待ち なんて言うのが普通だったんだけど・・あはは
カミングアウト的な発言だけど、当初 公表は100回線所有でユーザー10人に1回線 なんて歌っていたのだが
実際は50人に1回線 それでも
実際はビジー率は結構低くて、だんだん回線を少なくして、MAXの性能を上げていた
回線を100用意するのも当時としては大変な物で、今思えば絶対に出来ないこと
最終的にはISDN回線24回線で48ポートで稼働させていたけど、ビジー率はほとんど無かった
それが出来たのも、MAXの性能のおかげだけど、とにかく切り離しが早くて、回線断から待ち受けに入るまで、ほんの1秒
ポートマスターを使っていたときは、解放まで2分くらいかかっていたからね
それを、最後にはMAX1台でカバーしていたんだけど、本体とモジュールを8コを使い48ポート仕様で当時は1500万くらいかな・・
今 ヤフーオークションでたまに出ているけど、10万前後 それもニーズがないから誰も入札しなかったり・・・
そんな物が5台持っていても・・・・どうしよう・・・・
捨てるにもお金がかかる・・・
博物館行きだね これって!!
でも・・・まだ10年たっていない時代の長物 あはは
進歩って大変なことなんだなって、今朝 事務所を掃除していて思ったももなのです